お題01「大丈夫、多分痛い思いはしないよ」
それでも君のことが…
その日僕は疲れていたのか、エアコンのよく効いた応接室のソファーで寝てしまっていた。
常は葉の落ちる音でさえ目が覚めてしまうので、群れた生徒の声の中で眠れるわけが無い。授業中であっても、運動場で体育が行われてしまえば結果は同じだ。それなのにどうしてなのだろうか。僕は応接室の扉に鍵をかけることもせずに、ゆっくりと眠ってしまったのだ。
どれくらいの時間が経ったかはわからない。ふと、扉が開く気配に目を覚ました。草壁などの委員の者なら、僕の返事も無しに部屋に入ってくることはまず無い。では誰なのか。そんなこと考えなくてもすぐにわかる。僕にあだなす者か、あの後輩か。どちらにしろ、僕の許可なしに入ってくる者にはかわりない。しかし、僕は目を覚ましても目を開けることはしない。入ってきた彼が、攻撃を仕掛けてくることはけして無いと知っているからだ。
「ヒバリ…寝てんのか?」
何をわかりきったことを言っているんだ。ソファーの上に身体を横たえているのだ。するべきことはそれしかないじゃないか。キミの頭は、僕が寝たフリをしているだなんて考えていないだろう?
「部活もないから長く一緒にいられると思ってきたのになー」
その能天気な声、残念そうな言葉であるのに、ちっとも残念そうじゃないじゃないか。
言いながら山本武は、ソファーの僕が寝ている足元に座った。彼の体重でソファーが少しきしんで沈んだ。そんな所に座らないで、早く帰りなよ。僕はまだ眠いんだ。邪魔しないでくれるかな。
もちろん、僕が目を開けて、彼を叩き出せばいいだけだ。しかしそれすらも億劫だ。むしろ彼がこのまま静かにしているならば、放っておいて寝てしまえばいいだけだと思った。
ところが山本は、あろうことかその手で僕の髪を梳き始めた。それだけならまだいい。むしろそれをされると、余計に眠りにおちやすくなる。それを認めるにはいささか不満があるのだけれど、この眠気の中では少しは素直になれる。彼に髪を梳かれるのは気持ちがいい。感覚も、考えようとする頭も鈍くなり、あと少しで完全に眠りにつくことができる。
「ヒバリ…」
囁くように名前を呼ばれた瞬間、温かなものが僕の口唇の上に降りた。おかげで僕はさっきまでの眠気を忘れて目を開けることとなった。
「あ、起きた」
本当に何を言ってるんだ。君の所為で…君のバカみたいな行動の所為で起きたんじゃないか。
「…何をしてるの?」
「何って、んー、ヒバリ寝ててヒマだったからさ。ほら、よくあるじゃん。王子様のキスで目を覚ますって…」
山本の声が、どんどん尻すぼみなものになっていく。やっと気づいたみたいだ。僕が不機嫌の真っ只中にいることを。
「キミのどこをどう見たら、王子様に見えるの?」
「いや、だからさ、ちょっとした例えであって…その、したかったからしたっていうか…」
「へぇ、いつ僕に無断でそんなことできる身分になったの?」
僕は不機嫌丸出しで、身体を横たえたまま山本を見上げる体勢のままで、愛用のトンファーを構えた。
「ひ、ヒバリ!落ち着け!落ち着けって!!」
「大丈夫、多分痛い思いはしないよ」
その後、横たわる彼がいる場所で眠る気にならなくて、執務机でそれなりに溜まった書類の整理をすることにした。しかしいつもより捗らないのは、まだ残る眠気が、髪を梳く彼の手を欲しているからに違いなかった。
「(早く目を覚ませばいいのに)」