お題03「僕じゃない、悪いのは君だよ」
“変化”という現象について
今日も、学校での生活が終わる。部活に勤しむ生徒もいれば、遊びに行くのか帰宅するのか、校門から出て行く生徒もいる。僕はそれのどちらにも属していない。放課後は、応接室で書類に目を通しているか、校内の見回りをするかだ。気分によっては、外に出て群れているヤツらを咬み殺すのもいい。だけど今日はそのどれともどこか違う。場所は応接室で、いつもの机で書類を見ているのだけれど、それでも何かが違うのだ。――机の上に置いている携帯電話が、その異質さを示している。
「委員長」
突然呼ばれ我に返った。僕の前には草壁がいた。なぜいるのだろうか?いつ入ったのだろうか?僕は寝ている時、小さな物音でも起きることができる。今は眠っていなかったはずなのに。
「…なに?」
数瞬間があったかもしれない。僕はそんなことを考えていたことを悟られないように答えた。こう見えて彼は、聡い人物だと認識している。きっと誤魔化しきれていないだろう。しかし、草壁から帰ってきた言葉は、何も疑うことがないようなものだった。彼なりの気遣いなのかもしれない。
「そろそろ見回りの時間ですよ」
ただし、内容が問題だった。見回りの時間。いつも時間を決めて、欠かさず行っているものだ。僕は完全に忘れてた。…一体どれほど時計を見なかったのだろうか。最終授業が終わってから、かなりの時間が経ったらしい。
「ああ、そうだね。今日は君がやっておいてよ」
「委員長…しかし…」
「ちゃんとやらなかったら咬み殺すよ」
書類整理など、誰がやっても構わないものは、草壁に適当にやらせていることもある。だけど、見回りは違う。僕自らが行っている。それを知っている草壁は、僕の言葉に驚きを隠せない様子だった。その反応は当然だと思うが、僕はどうしてもここを動こうと思えないのだ。仕方がない。これも全ては、机に置かれた携帯電話の所為だ。
僕は、机の上の携帯電話が鳴るのを待っている。山本武からの電話だ。彼は今、野球部として地区大会に出場している。今日はその大会の決勝戦が行われている。昨日、山本武は部活を終えて応接室にやってきた。僕に今日の試合について話し出した。そして、試合が終わったら僕の携帯電話に連絡をいれると言ってきた。僕は「出ない」と答えたが、彼が僕の言葉を聞き入れないのは、いつものことと化している。
本当に出ないはずだった。電源すら切っておこうと思った。だけど切れなかった。それどころか、僕はこうして彼からの連絡を待っている。これまでの僕では考えられないことだ。誰かからの連絡を待ったことなんて一度も無い。風紀の仕事を誰かに任せるなんて一度も無い。
草壁が応接室から出て行った。他の委員に指示を出し、僕のいない見回りを行うためだ。僕はまた、携帯電話に目を移した。
「僕を変えたのは君だよ、山本武」
僕から指示を受けた草壁は困惑していた。他の委員も、草壁から伝えられ驚くことだろう。…どうしてくれるんだ山本武。委員長として示しがつかないじゃないか。文句を言われたらどうするんだ(その場合は咬み殺すけど)。舐められたらどうしてくれるんだ(救急車くらいは呼んであげてもいいけど)。
色々彼に言いたいことはあるけれど、彼からの連絡を待っていることに変わりは無い。ありえないと思う行動をする自分に嫌気がさしてくる。彼のことばかりを考えているのがイヤで、僕は携帯電話から目を背けさせた。僕が今見つめるべきものは、目の前の書類なんだから。
「僕じゃない、悪いのは君だよ」
僕がこうなったのも、委員たちを困惑させたのも、僕が原因じゃない。
それにしても、連絡遅すぎじゃない?もし連絡無しにここへ飛び込んできたら、まずは一発殴ってあげるよ。